~股関節が痛いは鼠径部痛症候群かも?サッカー選手に多い怪我~
鼠径部痛症候群はサッカー選手に非常に多い怪我になっています。股関節周辺が痛む怪我であるものの、全身の身体の使い方が大きく変わる疾患です。 今回はそんな鼠径部痛症候群についてご紹介します。
ここがポイント!鼠径部痛症候群のまとめ
- サッカーなどのスポーツで主に発症
- 股関節周辺の疼痛を訴える
- 筋肉を含めた様々な組織が疼痛に関係
- 股関節の筋肉組織以外との鑑別が重要
- 患部の状態のみならず身体の使い方の改善が必要
目次
- 鼠径部痛症候群とは
- 鼠径部痛症候群の症状
- 鼠径部痛症候群の診断
- 鼠径部痛症候群の復帰目安
- リハビリの流れ
1.鼠径部痛症候群とは
鼠径部痛症候群とは、通称グロインペイン(groin pain:GP)症候群です。
鼠径周辺部の痛みは全てグロインペインであり、剥離骨折、肉離れ、疲労骨折、股関節唇損傷など器質的病変を有する例が含まれます。 スポーツ選手に多く発祥し、特にサッカー選手に多いと言われており、年間10~18%程度の発祥率との報告があります。
サッカーではスプリントや急激なストップにターン動作に加えて、ボールを蹴るという特殊な動作を行います。
ボールを蹴る衝撃は股関節周囲の筋群に大きな負荷をかけるため、鼠径部痛が起きる原因ともなってしまうのです。
この鼠径部痛症候群(GP)は、これまで決まった呼称がない状態でした。そのため、病態を整理することが非常に難しい疾患でした。 しかし現在は2014年のドーハ会議によって、『groin pain in athletes(アスリート鼠径部痛)』という呼称となっています。
この疾患は大きく5つの疾患概念に分かれており
- 股関節関連鼠径部痛
- 腸腰筋関連鼠径部痛
- 鼠径部関連鼠径部痛
- 恥骨関連鼠径部痛
- 内転筋関連鼠径部痛
の5つです。それぞれ解説をしていきます。
①股関節関連鼠径部痛
スカルパ三角(鼠径靭帯、縫工筋、長内転筋に囲まれた領域)を中心とした疼痛が主になります。
股関節内に病変が存在することもあるため注意が必要です。
②腸腰筋関連鼠径部痛
腸腰筋関連鼠径部痛は主に股関節の屈曲の抵抗や伸展のストレッチにより診断されます。
③鼠径部関連鼠径部痛
鼠径管に一致圧痛を有する鼠径部痛になります。
ただし、鼠径ヘルニアとの鑑別が必要で、鼠径部に膨らんだものが触知される場合は注意が必要です。
④恥骨関連鼠径部痛
恥骨結合を中心に圧痛を認めるのが恥骨関連鼠径部痛です。
恥骨関連鼠径部痛に関しては抵抗痛ではなく、圧痛をもとにして評価をしていきます。
⑤内転筋関連鼠径部痛
内転筋関連鼠径部痛は内転筋に一致した圧痛を認め、特に近位側(恥骨に近い方)に圧痛を認めることが多いと言われています。
Adductor squeeze testは内転筋に抵抗をかけて痛みをみるテストで、股関節0度と屈曲位と両方で疼痛の評価を行います。
股関節0度と屈曲位では働く筋肉に違いがあるため、どの筋肉に問題があるのかを確かめるためには、両方評価することが重要です。
2.鼠径部痛症候群の症状
主な症状としては、関連部位に合わせた疼痛です。その結果、特にスポーツ選手においてはスポーツが制限されてしまいます。
サッカーにおいてはすべての競技を休まなければいけない怪我の10~18%を占めていると言われています。
実際の患者さんにおいて疼痛の訴えの場所を確認すると、股関節前面から内側部分で症状を訴えることがほとんどです。
しかし、損傷している場所ピンポイントの疼痛(one finger sign)のこともあれば、損傷している場所が1ヶ所ではない場合、広く疼痛(palm sign)を訴えることも多々あります。
症状が重度になってくると、スポーツ場面のみならず、日常生活の中でも疼痛を伴うようになります。
例えば、またぎ動作や歩行、階段昇降やしゃがみ込みなどの股関節を使用する動作です。
日常生活で疼痛を伴う場合、もちろんスポーツは休養することが必要になります。
3.鼠径部痛症候群の診断
ドーハ分類はアスリート関連鼠径部痛の診断を単純化するため、単純X線検査などの画像検査を用いず、触診と圧痛と抵抗時痛の評価を中心に診断を行うようです。
鼠径部痛症候群とは?でお伝えをしたように、5つの疾患概念それぞれに合わせた特徴を評価します。
しかし、恥骨や上前腸骨棘の疲労骨折などの骨疾患との鑑別が大変重要であるため、単純X線検査の結果も踏まえて骨に異常がないか確認することも非常に大切です。
その他、腰椎疾患や仙腸関節障害においても股関節周辺に疼痛が出現するケースがあるため、他関節からの影響がないかも併せて評価をする必要があります。
鑑別をするためにもX線のみでは不十分なこともあり、MRI検査を行うこともあります。
2023年に行われたGroin Pain Syndrome Italian Consensus Conference update 2023では、鼠径部痛症候群は12の病理学的カテゴリーに分類できる67の異なる臨床状態によって引き起こされる可能性があると報告しています。
このように鼠径部痛と一言で括ってしまっても、たくさんの病態が考えられるため、正確な病態把握のためには画像検査から臨床所見まで数多く組み合わせていく必要があるのです。
4.鼠径部痛症候群の復帰目安
アスリート鼠径部痛の主な原因は多種多様です。そのため組織の回復状態に合わせた復帰を進めていく必要があります。
ただし、アスリート鼠径部痛は急性の疾患ではなく、慢性の疾患であるため『動作改善』が非常に重要です。
特にキック動作は股関節のみで行われる訳ではありません。
肩甲帯と骨盤が連動して効果的に回旋するキック動作が行われていて、これをクロスモーションと呼びます。
連動した動作の獲得までには人によってかかる時間が変わります。
また動作を阻害する可動域の低下や筋力低下があれば、それを改善するための時間も必要になってきます。
鼠径部痛症候群のリハビリは段階的に3つのphaseに分けて行います。
競技復帰に向けてはおおよそ3ヶ月以降を目安にしており、それまでに競技復帰に必要な要素をトレーニングしていきます。
競技復帰の際には段階的な復帰が望まれます。
サッカーを例に考えた場合、まずは基礎的な練習(ウォーミングアップ、軽いパス、軽いシュート練習)からの参加をし、痛みがないか確認をします。
徐々に練習の強度を高めていき、ダッシュやカッティング動作に移行をしていき、それらも問題がなければ対人メニューを行なっていきます。
このようなステップを踏んで問題がなければ完全な競技復帰です。
競技復帰を進めている中で疼痛が出現するケースもあるため、リハビリの中でしっかりと問診をし、どのレベルまでであれば練習ができるのか、どこのレベルから疼痛が修験するかを検討していく必要があります。
5.リハビリの流れ
鼠径部痛症候群の復帰目安のところでご説明をしたように、リハビリは大きく3つのphaseに分けて進めていきます。
Phase1:股関節機能回復時期:疼痛が強い時期
疼痛が強い時期であるため、患部の炎症があればまずはそれを収束させることが必要です。
数日間〜1 週間程度の安静を行いつつ、その期間は患部外のトレーニングを中心に行います。
患部外のトレーニングとしては体幹トレーニングや胸郭・肩甲帯の柔軟性改善、足部・足関節のトレーニングなどです。
これらはキック動作のクロスモーション獲得のためにも非常に重要な部分になります。
炎症が落ち着いたら股関節の単関節筋のトレーニングを進めていきます。特に股関節の求心位を保持するために重要な筋肉が小臀筋や深層外旋六筋です。
これらの筋をトレーニングすることで、股関節の求心位を保って動作ができるようになり、股関節にかかるストレスが減少すると考えられます。
Phase2:基礎体力・動作獲得時期:疼痛が減少した時期
疼痛が減少してきたら徐々にトレーニング強度を高めていきます。
単関節のトレーニングから多関節のトレーニングへと移行し、動作の改善も目指していきます。
特にキック動作を行う際には、前述したように蹴り足と反対側の上肢を連動させるクロスモーションという動きが重要です。
反対側上肢の予備伸長がない状態でのキックは、蹴り足の股関節屈筋群や内転筋群に過度な負担をかける原因となります。
そのため、リハビリにおいては股関節のみならず、体幹の安定性や可動性の改善も大変重要になります。
右脚でボールを蹴る際は、テイクバックの際に股関節伸展、左上肢の水平伸展が起こり、それぞれ大殿筋と広背筋を主に使う動作で、この時さらに腹斜筋群が遠心性に働いて動作をコントロールします。
このクロスモーションによる予備的な伸長動作があるおかげで、股関節周囲筋の負荷を軽減させることができるのです。
まずは腹臥位の姿勢から動作を進めて、四つ這い、立位という形で進めていくことでクロスモーション動作の段階的な獲得が目指せます。
腹臥位の姿勢は身体の設置面積が広いため安定した姿勢で動作を行うことができます。
四つ這いになると体幹の安定性が求められるため、体幹機能と協調させた上肢と下肢の動作練習ができます。
腹臥位、四つ這いでのポジションでクロスモーションの動作が獲得できたら、立位でのクロスモーションです。
当たり前ですが競技は立って行うため、腹臥位や四つ這いの動作で終わることなく、立位での動作に進めていく必要があります。
クロスモーションの動作が獲得できて、疼痛も無くなった状態で徐々に競技復帰を目指していきます。
Phase3:競技復帰に向けたエクササイズ時期:スポーツ復帰を目指す時期
競技復帰を目指すためには徐々にトレーニングの強度を上げていく必要があります。
徐々に競技への参加をしながら、トレーニングはジョギングからダッシュへ移行し、ステップワークなども行っていきます。
カッティング動作は内転筋にかかる負荷が高いと言われているため、鼠径部に痛みが再燃しないか確認しなければなりません。
キックは短い距離から徐々に遠く、軽めのパスから強めのパスへと段階を進めていきます。
どの動作、phaseでもそうですが、痛みが再燃しないかを確認しながら完全復帰を目指していきます。
参考文献
- グロインペイン症候群を持つアスリートの競技復帰
- The conservative treatment of longstanding adductor-related groin pain syndrome: a critical and systematic review
- 臨床スポーツ医学2024.Vol.41.鼠径部痛症候群