
~股関節が痛い!それは股関節唇損傷かも!?~
股関節は可動域が大きくかつ安定性にも優れている関節です。
ただ股関節周囲の筋肉が硬くなってしまうことによって、股関節求心位を保つことができず関節唇にストレスをかけることに繋がります。
股関節唇損傷は基本的に保存療法の適応となりますが、難渋する場合は手術となることがあります。手術療法の後の競技復帰率は高いとされていて、競技復帰などを望む選手は医師と協議をした上で手術を行います。
ここがポイント!股関節唇損傷のまとめ
- 関節唇は関節の適合性を高める役割がある。
- 股関節求心位が破綻することで関節唇にストレスをかける
- 股関節唇は基本的に保存療法が適応となる
- 確定診断はMRIを用いて行う
- 保存療法に抵抗する難治症例は手術療法を行うことがある
目次
- 股関節唇損傷とは
- 股関節唇損傷の診断
- 股関節唇損傷の治療
- リハビリの流れ
1.股関節唇損傷とは
そもそも関節唇とは関節安定化機構の1つで、関節を求心位に保つ上で非常に大切です。
構造としては3層~5層構造で、一般的には3層といわれています。
1層目がランダムに配列されたコラーゲン線維、2層目がラメラ構造のコラーゲン線維、3層目が円周方向に走るコラーゲン線維の束で構成されています。
辺縁部ではⅠ型コラーゲンとⅢ型コラーゲンが豊富で、中心部では薄い線維軟骨様組織がみられ、Ⅱ型コラーゲン線維が豊富に含まれています。
そのため、中心部では圧迫・剪断ストレスに強く、辺縁部では伸長ストレスに強いのです。
股関節唇は肩関節唇と異なり、前方・上方・後方・下方の各領域の血管分布に差がないといわれています。血流が保たれているため、股関節唇は肩関節唇の治癒能力と差があると考えられています。
寛骨臼関節唇は
- 荷重伝達
- 関節安定化
- 流体密封
の効果があると言われています。
流体密封により大腿骨頭と関節軟骨を低摩擦環境に保つことができるのです。

関節唇損傷は潜行性61%、急性30%、外傷性9%と言われており、大腿骨のCAM変形や寛骨臼形成不全が背景に存在していることがあります。
CAM変形は、大腿骨頚部が通常よりも膨らんだ骨形態となった状態で、この部分が寛骨臼関節唇を圧迫してストレスを与えます。

特に大腿骨頭が上方・外方に偏位することによって、関節唇にストレスを与えた結果、損傷が起こると考えられています。
この股関節唇損傷は鼠蹊部痛のあるアスリートの22%、病因が不明な股関節痛のある患者の55%にもなるといわれています。
股関節の痛みを抱える多くの人が股関節唇損傷を患っているといえるため、非常に身近な疾患なのです。
症状としては痛みを伴うキャッチング、ポッピング、クリッキングなどがあります。筋肉や腱の障害と異なり、収縮時痛や伸長痛は基本的にはないことが特徴です。
2.股関節唇損傷の診断
股関節唇損傷と鑑別が重要なものが大きく2つあります。
1つは鼠蹊部痛症候群(グロインペインシンドローム)です。
鼠蹊部痛症候群は内転筋由来、腸腰筋由来、鼠蹊部由来、恥骨部由来の4つに分けられます。
これらは全て股関節の痛みとなりますが、損傷している組織と原因が異なるため、リハビリの進め方も変わってきます。
2つめは重篤な疾患です。
男性であれば前立腺がん、女性であれば乳がんなどのがんの転移、子宮や泌尿器系の疾患が関与している可能性を頭に入れておかなければなりません。
それらを鑑別するという観点、股関節唇損傷を診断するという観点でみても基本的には画像検査が重要です。
一般的にMRI検査が用いられ、関節唇内に線形の高信号領域が認められます。

これに加えて症状や臨床所見を加味して判断をしていきます。
整形外科テストでは損傷している関節唇に対してストレスをかける動作になるため、注意して行う必要があります。
上方、前方での股関節唇損傷では、anterior impingement test (前方インピンジメントテスト)が陽性となります。
anterior impingement testでは、股関節を屈曲、内転、内旋強制させて痛みが誘発されるかを確認する検査です。
FABER testは疼痛が誘発された部位によって、異なる疾患の可能性を示唆します。
股関節の前面痛であれば前方の関節唇損傷や腸恥滑液包炎を疑い、股関節後方の痛みを訴えれば、後方の股関節唇損傷を疑います。
しかし、感度・特異度伴に低いため、やはり整形外科テストのみで判断することは難しいと考えられます。
股関節唇損傷のパターンは関節鏡所見にて4つに分類されています。
- 弁状横断裂
- 線維化横断裂
- 辺縁部縦断裂
- 不安定断裂
その他に画像所見からはMRIに基づきステージ0~Ⅲの4段階に分類されます。
- ステージ0:正常
- ステージⅠ:信号強度変化
- ステージⅡ:損傷(股関節唇の剥離なし)
- ステージⅢ:損傷(股関節唇の剥離あり)
3.股関節唇損傷の治療
損傷した股関節唇には治癒能力があるとされています。
股関節唇を切除した動物実験において、円周性のコラーゲン構造までは再生されていないものの、線維性の瘢痕組織を伴う再生が確認されています。
人で同様の形で修復するかは不明ですが、外傷性肩関節唇損傷の回復は以下のような流れを辿るとされているため、股関節唇においても近しい修復過程を辿るのではないかと推測できます。
外傷後1週
関節窩には空間が存在し、周辺に炎症細胞が集積する
損傷のない組織と比較して強度は低い
外傷後2~3週
関節窩側より線維性結合組織が出現し、関節唇と関節窩の空間を満たす
その後コラーゲン線維様の組織に置換される
外傷後4週以降
正常組織とは構造が異なるものの損傷のない組織と同等の強度への回復が期待できる
上記のような報告もあるものの、一方で損傷部位の組織治癒があまり期待できないという報告もあるため、リハビリではその組織になぜストレスがかかってしまったのか、現在抱えている症状に対する改善を念頭において進めていく必要があるのです。
関節内注射で症状が改善するもののその効果が持続しない場合やリハビリテーションの効果が不十分な場合、手術を検討していきます。
股関節鏡手術
内視鏡を使用して股関節唇損傷の修復を目指します。
アスリートに対する股関節鏡手術の成績は良好で、90%程度の復帰率を報告しているものもあります。
また、およそ6~12か月で競技復帰を見込めるとする報告が多いです。
しかし手術適応には以下の3点を注意する必要があるとされています。
①変形性股関節症
関節軟骨が摩耗した変形性股関節症の症例に股関節鏡手術を実施しても成績は不良であるとされています。
レントゲン検査にて、股関節の軟骨幅が2mm未満の方は、6か月以内に人工股関節へ移行せざるを得ない方が多数報告されています。
②寛骨臼形成不全
寛骨臼形成不全とは股関節の天井部分が生まれつき狭い状態を指します。寛骨臼形成不全の方は股関節鏡手術の成績は不良と報告されています。
しかし軽度の寛骨臼形成不全ならば股関節鏡手術でも対処可能という報告も増えてきており適応が拡大していると言われています。
③手術の侵襲
股関節鏡手術は必ずしも低侵襲とは言えないとされています。
一般的に股関節鏡手術では、股関節包を切開して手術を実施します。
この処置で腸骨大腿靱帯の大部分を損傷することがわかっていて、股関節はより不安定になる可能性も潜在しています。
上記の項目に関して注意して手術療法を検討する必要があります。
4.リハビリの流れ
股関節唇損傷に対するリハビリで重要な2つのポイントは
- 股関節求心位の獲得
- 骨盤大腿リズムの改善
になると考えられます。
股関節唇損傷に対するリハビリで最も重要と言っても過言ではないのは、大腿骨頭の求心性の保持です。
つまり股関節を動かす際に大腿骨頭が綺麗な円運動を行い、その軌跡がほぼ一定の状態に保たれていることを指します。
これが逸脱してしまうことで、関節唇にストレスをかけてしまうため、結果として損傷に繋がってしまうのです。
大腿骨頭の求心性を獲得するためには、まず可動域が必要になります。
特に股関節屈曲、内旋制限の改善は前上方の股関節唇損傷に対するリハビリにおいて重要です。
股関節の可動域制限には骨形態も関与しますが、軟部組織の関与も十分に考えられます。
股関節外旋筋である梨状筋や外閉鎖筋や内閉鎖筋は股関節内旋の制限につながり、股関節伸展筋である大殿筋や中殿筋後部線維は股関節屈曲の可動域制限につながります。
これらの筋肉の緊張を緩和するようなアプローチやストレッチを実施することで、可動域の改善を図るようにします。
また股関節屈曲の参考可動域は125度程度とされていますが、純粋な股関節屈曲は90度程度です。
股関節屈曲の参考可動域に達するためには骨盤後傾(腰を丸める動作)が必要になります。
実際に股関節屈曲をしていくと股関節屈曲角度が深くなるにつれて骨盤も後傾していきます。
骨盤の後傾が不足してしまうと寛骨臼と大腿骨でインピンジメントを引き起こしやすくなってしまい、股関節唇にかかるストレスを増大させてしまいます。
そのため、骨盤を前傾させる筋の緊張の緩和およびストレッチも非常に大切になるのです。
また、動作の中で股関節求心位を獲得するためには、股関節周囲筋や腹筋を中心とした体幹の筋力強化が重要で、それらの筋肉が関節の位置を正常に保ってくれます。


特に受傷後1週までは損傷部位にストレスをかけない範囲でストレッチや筋緊張の緩和を行うことが重要です。
次に2~3週までは疼痛の範囲内で股関節求心位を保持するために重要な筋のトレーニングを進めていきます。
4週以降は徐々に疼痛の範囲内でスポーツ復帰に向けたトレーニングも行い、段階的に強度を上げていきます。
参考文献
- 軟部組織損傷・障害の病態とリハビリテーション
- 【大人編】アスリートの股関節痛