~アスリートに多い膝の怪我!理解必須の前十字靭帯損傷~
バスケットボールやサッカーや柔道やアメリカンフットボールなど様々なスポーツで発生する前十字靭帯損傷。
膝の安定性を担う重要な靱帯であり、多くの場合手術で復帰を目指すことになります。
手術をすると復帰まで8ヶ月以上を要すため、地道なリハビリが重要となります。
ここがポイント!前十字靭帯損傷のまとめ
- 前十字靭帯損傷は激しく動くスポーツに多い
- 受傷時に半月板や側副靱帯損傷も合併しやすい
- 前十字靭帯断損傷のスポーツ復帰は手術療法が一般的
- 手術療法後のスポーツ復帰には少なくとも8ヶ月が必要
- 近年PRP療法による保存療法によるスポーツ復帰も増えている
目次
- 前十字靭帯損傷とは
- 前十字靭帯損傷の症状と合併症
- 前十字靭帯損傷の診断
- 前十字靭帯損傷の治療
- リハビリの流れ
1.前十字靭帯損傷とは
前十字靭帯(以下ACL)とは、膝の関節内に存在している靭帯で脛骨の前方移動を制限するという重要な役割を担っています。
線維を細かく分けると前内側線維束と後外側線維束の2つに分けられ、膝関節が伸展する際に強く緊張します。
特に屈曲10度から過伸展域での緊張が強く、急激に高まり膝関節の制動を行います。
機能だけを見るとイメージしにくいですが、動作としてはジャンプの着地や切り返しの接地の瞬間など、大腿四頭筋が強く収縮するような局面においては、この靭帯に非常に強いストレスが発生します。
この靭帯損傷はアスリートの間ではよくみられ、接触、非接触どちらでも起こりうる怪我です。
ACL断裂は、アメリカンフットボール、ラグビー、レスリング、サッカー、バスケットボールなどのコンタクトスポーツに多く発生することが報告されています。
アメリカのミネソタ州では1年間で10万人あたり、68.6人と非常に頻度が高く、男性の受傷が女性よりも約1.5倍高いとされています。
しかし、バスケットボール、サッカー、ラクロスでは女性の発生頻度が高いことが報告されており、基本的には総じて女性に多い外傷です。
損傷が多い場面としては、①カッティング、②減速動作、③ピボット動作、④ジャンプの着地動作で、⑤膝の外反かつ屈曲30°以下の場面が多いです。
膝の外反とは膝が内側に入る動きで、体幹が同側に側屈することで膝の外反も起こりやすくなります。
2.前十字靭帯損傷の症状と合併症
ACL損傷が発生した瞬間は脛骨の前方脱臼と整復が生じています。
そのため膝が外れたような感覚を訴えることが多いです。
またその後は、虚脱や脱力感を訴え、膝がガクッと抜けたような状態になる膝崩れも発生します。
そしてACLは関節内靭帯であるため、関節内出血による腫脹も発生します。
当然それに伴う疼痛や可動域制限も損傷後早期にはよくみられ、日常生活動作に制限をきたすのです。
さらに関節内の腫脹が発生すると筋力低下が起こることも報告されています。
これを関節原生筋抑制といいます。
損傷した膝関節の機械受容器から生じる感覚情報の変化が、脊髄反射興奮性の低下を引き起こし、筋力低下を起こすのです。
膝関節においては特に大腿四頭筋の萎縮が報告されていて、こちらの筋力強化はリハビリにおいては必須になってきます。
ACL損傷に起こる合併症としては、MCL損傷と半月板損傷(内側/外側)が主です。
同時にこれら3つの損傷が起こることを不幸の3兆候、Unhappy Triadと言います。
その場合、手術療法のタイミングで半月板の治療を行うため、リハビリではそこまで考慮する必要があるのです。
3.前十字靭帯損傷の診断
ACL損傷は明確な受傷起点があることがほとんどです。
そのためまずは問診で必ず受傷起点を聞き、整形外科テストでACLの損傷が疑わしいと判断したらMRI検査が有用となります。
MRIは関節鏡所見と比較して、感度87%、特異度91%とかなり高い精度であることが報告されています。
しかしMRI検査がすぐにできず、X線撮影になることもあるかと思います。
X線撮影では前十字靭帯の断裂が、基本的に骨の状態しか分からないため、診断にはMRIが必要不可欠です。
とはいえX線撮影が前十字靭帯損傷の診断の助けになることも報告されています。
X線撮影によってSegond骨折があった場合、75~100%の症例でACL損傷を認めることが報告されているため、その場合はMRI検査を行うことが重要です。
Segond骨折は脛骨プラトー外側の剥離骨折のことで、先ほど述べたようにこの骨折が認められた大半がACL損傷を伴っています。
しかしSegond骨折はACL損傷の6~9%にしか認められないため、X線でSegond骨折が認められないからACL損傷がない、ということにはならないため注意が必要です。
また整形外科テストも複数あり、それらを駆使して診断の補助とします。
- ラックマンテスト
- 前方引き出しテスト
- Nテスト
- ピボットシフトテスト
これらのテスト方法はACL損傷を診断する上で有用なテストです。
また半月板損傷を鑑別するための整形外科テストとしては
- マックマレーテスト
- アプレー圧迫テスト
- テサリーテスト
などが使用されます。
半月板損傷もACLと同様にMRI検査で診断が可能であるため、MRI検査にてACLと半月板の両方の損傷が分かります。
4.前十字靭帯損傷の治療
ACLは関節内靭帯に分類されるため、α平滑筋アクチンが多く断端を引き込む、滑液の中の線維素溶解酵素の存在によりフィブリン血栓が作られず断端同士を橋渡しできない、epiligamentが再生するという点から靭帯の自然治癒が難しいと考えられています。
そのためACL損傷が発生した場合、手術療法を行うケースがほとんどです。
手術療法を行ったあとはどんなに早くと6ヶ月、状態によっては1年程度復帰までに時間を要します。
アスリートの場合は手術するタイミングを大会の時期などを考慮して決定することもあります。
ただし、ACL損傷受傷後早期(3~6ヶ月以内)に再建術を行うことが推奨されています。
それは受傷後3ヶ月以内にACL再建を行った方が、陳旧例と比較して有意に半月板損傷の合併が少なかった、という報告があるからです。
た関節軟骨損傷も陳旧例の方が損傷の程度が悪化していたと言われています。
以上のことからACL損傷に対しての手術はおおよそ3ヶ月以内に行うことが良いと考えられます。
一般的な手術の方法は2種類で、半腱様筋腱(Semitendinosus: ST)、もしくは骨付き膝蓋腱(Bone Patellar Tendon Bone: BTB)を用いた再建法になります。
どちらの手術方法でも脛骨前方移動量、伸展制限、屈曲制限、スポーツ復帰率などに差はなかったと報告されており、どちらの手術法も非常に有用です。
5.リハビリの流れ
今回のリハビリの流れは手術後に絞ってお話をしていきたいと思います。
全体像としては徐々に膝の可動域を増加させること、筋力を回復させることが非常に重要となります。
ACLは膝の屈曲、伸展の角度によって伸長ストレスがかかります。
特に屈曲120°以降、伸展-20°以降で急激にACLへの負荷が高くなるため、可動域訓練を行う際には角度に注意をする必要があります。
荷重に関しては徐々に増加をさせていき、おおよそ3週間で全荷重、4~6週間で正常歩行の獲得を目指していきます。
正常歩行獲得が遅れてしまうと、その先の機能回復も遅れてしまうと言われているため、歩行能力の獲得は大変重要です。
ACL再建をした場合、痛みや荷重を制限している時期がある影響で、歩行動作に異常をきたします。
例えば、患側に荷重をかけることを避けてしまったり、膝関節を共収縮で固めたような使い方をしたり、つま先が外側を向いた歩行動作になってしまうことが考えられます。
これらを改善するためには、歩行練習及び膝関節の機能回復が大切です。
膝関節の機能を回復させるためには、患部周辺のマッサージや自動運動が必要になります。
術後早期のリハビリ
- 大腿骨前脂肪体マッサージ
- 膝蓋下脂肪体マッサージ
- Heel slide
- 下腿内旋
- Quad setting
- Active SLR
このようなメニューを術後早期には行っていき、膝関節の機能回復を図っていきます。
正常歩行獲得後は徐々にランニング復帰に向けてトレーニングを進めていきます。
徐々にスクワットやサイドスクワットなど矢状面から前額面の荷重をかけたトレーニングを行い、筋力強化ならびに動作学習をさせます。
ランニング復帰には片脚での立ち上がりテストが30cmからできることが1つの目安です。
片脚での立ち上がりテストは体重あたりの膝関節伸展筋力と相関があるため、筋力の簡易的な評価としても使えます。
膝関節の機能改善を進めていくことは大前提で、ランニング開始前には片足での立ち上がりテストを確認していきます。
ランニング復帰に向けたリハビリ
- スクワット
- サイドスクワット
※ダンベルなどで徐々に負荷増大
ランニングまで無事に復帰することができたら徐々に競技復帰に向けたトレーニングを進めていきます。
競技復帰のためにはトレーニングの強度をさらに上げると伴に、3面でのトレーニングやステップワークやカッティング動作などの練習を行っていく必要があります。
特にACL損傷を非接触型で起こしている人は、身体操作能力が低い傾向にあると考えられます。
そのためリハビリの中で、身体操作能力を高めることが重要となります。
ACL損傷には競技復帰指標が設定されたりしていますが、それを達成しても再発予防と関連がなかったと報告されています。
メジャーな怪我ではありますが、再発予防をするというのは非常に難しいのが現状と考えられます。
とはいえ、復帰に向けてさらなる筋力強化や身体操作能力を高めることは大変重要です。
リハビリでできる範疇は限られていますが、できる限り能力を高めるようなトレーニング構成をしていくことが必要となります。
参考文献
- Eighty-three per cent of elite athletes return to preinjury sport after anterior cruciate ligament reconstruction: a systematic review with meta-analysis of return to sport rates, graft rupture rates and performance outcomes
- ACLエッセンス 膝前十字靭帯のエビデンスと臨床
- Sensory response following knee joint damage in rabbits